ふたり

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今ここで明日もない状態になるほうがいや。 入院すれば、手術をすれば生きられるのなら、いくらでもしてほしい。 足りなくなったら彼のお母さんに言う。 私の持っているお金、全部使っても……延命させたい。 治れば一番いいのに。 延命にしかならなくて、彼に苦しみを与えるのもわかってる。 治ってと願っても治ってくれない。 彼の準備を済ませて、彼を支えて車に乗せたあとは、恭太という本当の赤ちゃんを連れていく準備。 恭太のミルク、離乳食。 おとなしくしてもらうためのおやつや玩具。 旅行にでもいくような荷物をつくっているかもしれない。 ベビーシートを車に取り付けて、恭太を寝かせて。 ずっと抱っこはしていられないからベビーカーも乗せて。 けっこう大変。 すぐに彼を連れていきたいのに、なんでこんなのいるんだろうと恭太を見てしまう。 彼は助手席で力なく苦しそうにしているし。 挫けて泣きそうになる。 それでも家の戸締まりをちゃんとしたら、運転席に座って、何年ぶりというくらいのギアやペダルの確認。 シートを動かして、私の運転しやすい形にして、シートベルトをしめる。 ゆっくりゆっくりと、車体をぶつけてしまわないように車を車庫から出す。 彼の運転は見ていたから、ハンドルをきる角度は大丈夫だった。 アクセルを踏んだら、あとはまわりを見ながら、一生懸命運転した。 小学生の通学路がこわい。 はねてしまいそうだから、近寄らないでと心の中で声をあげながら、ただただ一生懸命。 「……杏奈さんの運転、こわいです」 彼は助手席でなにか言ってる。 そっちを見る余裕もない。 「孝太さんが元気になったら運転してくださいっ」 彼は痛いはずなのに小さく笑って、その声が耳に届く。 「このまま事故って家族3人心中もいいなと思ったのに、生きないとって思ってしまったじゃないですか」 「心中なんて絶対にしません。事故るなら病院の前で事故ります」 そこまでは絶対に事故なんてしないっ。 …ブレーキ、急ブレーキばかりで私も乗せられていたらこわいと思う。
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