ふたり

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「……君を旅行にでも連れていきたいです。海でも山でも。…してほしいこと、なんですか?」 彼の約束はこわい。 だけど今は凍った道をペーパー運転の私の運転技術のほうがこわい。 「長生きしてください」 「……はい」 彼は返事をくれた。 私は運転に集中して、本当になんとかってくらいで病院にたどり着けた。 こんなところに車を置いていたらだめだと思うようなところに置いて、院内に走って入って、彼を車から下ろして、治療してもらえるように受付に話した。 看護婦さんはすぐに男手と担架を用意してくれて、意識も薄い彼を運んでくれた。 車に赤ちゃんを残すわけにもいかなくて、恭太を抱き上げて、車はそのまま置いて、看護婦さんについていく。 軽く検査をされた彼は手術の準備が整うまで、空いていた個室のベッドに横たわる。 ここまでこれた自分を誉めてあげたい。 恭太は朝ごはんを求めてうるさいけど後回し。 これでも食べておいてとおやつを口に入れておく。 入院手続きとか手術のこととか、そういった用紙に必要なことを書きこんで。 そういう処置になるのかと用紙を眺める。 手術という処置があるだけいいのかもしれない。 手術に同意をしたら、時間が決められて、私はそれをお母さんに報告。 お母さんはすぐにお父さんときてくれた。 私は連日仕事を休んで、彼の手術が終わるのを待つ。 今日はお父さんのかわりに涼太さんがきてくれていて、恭太のお父さんをしてくれる。 「……恭太をおいて離婚してくれてもいいのよ。杏奈さん」 待合室でずっと無言だったのに、お母さんが言った。 お母さんのほうがつらそうにも思った。 手術になるまでに彼が無茶なことを言ってくれるから大変だったこと、挫けそうになったことを何を考えるでもなく思う。 あれは彼の最大の我が儘だったと思う。 「……最期まで…彼といます。一人では…本当にどうにもならないこともありそうなので…、助けてもらえるとうれしいです」 私はそう答えた。 30過ぎても誰かに頼らないとどうにもならないときがある。 甘えていると思うと、情けなくてつらくなって泣きたくなる。 「……私が助けられているのよ」 お母さんは言って涙をこぼして。 私は泣かないように我慢する。 彼は親孝行しているのかもしれない。 弱った姿をあまり見せないことで。
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