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手術が何事もなく終わっても、彼は経過を見るために病室ではなく、集中治療室に入れられる。
麻酔で眠っている彼の手を握っていた。
恭太を預かってくれる人がいるのはいいものだ。
ここにいたら手を握っていられない。
彼の指先が動く。
その目が開いて、自分のいる場所を確認する。
その目は私を見て、私は彼の手をぎゅっと握る。
「まだ頭が重いでしょう?眠っていていいですよ。ここにいますから」
彼は話す言葉もなく、また微睡みの向こうにいってしまう。
ただ、私が握った手、少し握り返してくれたように思う。
ここにいてと言ってくれた気がして、私はその手を握り続ける。
人の最期を私は二人見た。
きっともっと私がつらくなっていくのはわかっている。
何もできない。
でも、そばにいることはできる。
一人じゃないって、淋しくないって、彼に思ってもらいたい。
何もできないのだけど。
その命の灯火を両手で囲んで消えないように守ってあげたい。
彼が私の手を離れさせようとしても。
私を引き留めたあなたが悪い。
もう離れてあげない。
彩さんにもあげない。
あなたは私のもの。
あなたの最期は私のもの。
誰かにあげるくらいなら心中してやる。
一人になりたがったら、恭太も連れて心中してやる。
……あなたが愛しい。
嫌なところもたくさん知ったけど。
好きなところもたくさん知った。
これが私の最後の恋愛。
それでいい。
会ったばかりの頃よりも、大きな気持ちで思う。
あなたが言葉どおりに私に尽くしてくれるから。
「杏奈ちゃん」
彼に名前を呼ばれて振り返ると、不意打ちで写真を撮られた。
ベッドの上の彼は元気だ。
「…あのウェディングドレスの写真が一番いいなぁ。これも可愛いけど」
なんて言いながら、変な顔に撮れた写真を見せられる。
彼の写真うつりのよさをわけてもらいたい。
「ドレス着たけど一緒に撮ってないですね」
「式あげてないし、披露宴もしてないしね。したい?」
「…したいです。小さなものでいいので」
「久しぶりに何か望んでくれたと思ったら、それか」
「友達にこんな素敵な旦那様がいるって自慢したいです」
「今痩せてしまったから、杏奈の料理で太ってからにしてほしいです」
私は軽く笑って頷く。
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