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彩さんに何かを言ったつもりもない。
あげますとはもう言わないと言う前に、彩さんはあまりきてくれなくなった。
お母さんに恭太を預けにいってから私は出勤。
彼の実家は建設業の社長さん。
おじいちゃんちより更に立派なお洒落な建物だった。
車は3台停まれる。
庭はないけど、木が植えられているスペースがある。
私は車庫入れに失敗して、その木に車のお尻をぶつけた。
駐車場広いのに、ぶつけてしまった。
お母さんは笑って流してくれたけど、私が車に慣れるまで、何度もその木にぶつけることになる。
車がないと不便な彼の実家との往復。
そのまま出社してしまうから、彼の車は私の車になりつつある。
彼の入院中はそうやって恭太を預かってもらって。
彼のお見舞いにいったあとに引き取りにいってとしていた。
彼の退院は仕事を午後休んでお迎え。
退院したばかりなのに、彼が車を運転する。
「ちょっとは運転、ましになったので運転手します」
「できることは俺がする。杏奈が仕事休んで迎えにくるから悪い。涼太でも使えばいいのに」
「涼太さんも働いています」
「社長は父さんだから、いくらでも休んで大丈夫。…というか、杏奈も父さんところで働けば?やってるの建設事務だろ?」
「今の会社の事務長さん優しいです。事情を話したら親身になってくれて。私、出産もあってたくさん休んでしまって迷惑かけていると思うんですけど」
クビとは言われない。
肩をぽんぽん叩いてくれて、お父さんみたいだ。
私のお父さん、あんなのだったらよかったのにと思う。
そうしたら母も離婚しなくて、平和な家庭だっただろう。
「…建設関係ってそういえば男ばかりか」
「みたいですね。工場、おばちゃんのほうが多かったのに。男の名前ばかりです」
多くの人はあんまり会うことも話すこともないけど。
普段、一緒に仕事をしているのは事務長と先輩社員だけだと思う。
たまに営業のほうをしている人もいるけど。
小さな会社。
社員がまずほとんどいない。
「デート誘われたり?」
彼はどこか嫉妬したように聞いてくれる。
「ないです。どうせ」
既婚だし、子持ちだし。
何より、もう30越えてる。
恋愛のきっかけになるようなものはどこにもない。
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