桜の下で

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年度末で仕事が忙しくて残業になって、バスから降りると夜道を家まで歩く。 楽しいときは楽しくて、まったく笑えない日々でもない。 でも一人になると不安になる。 夜の闇は不安を膨らませる。 大丈夫。 そう思っても、勝手に涙が溢れるときがある。 彼が苦しんでいる姿を思い出して、いなくなるのがこわくて泣いてしまう。 彼はまだそこにいる。 元気にしている。 その姿を見ていれば、泣くこともない。 家にたどり着くまでに涙のあとを消そうと、歩く速度も遅くなって。 小さな川のそばに咲く、夜の闇の中で白く姿を浮かび上がらせる桜を見上げる。 満開らしい。 浮いた気持ちで見れば、綺麗だなと思えるのに、過ぎていく月日を感じて。 時間が止まって、永遠に進まずにいればいいのにと、ずっと桜が咲いている今日であればいいのにと思う。 そうすれば、彼がいない未来を考えることもない。 わかっている。 でもわかりたくない。 命というもの。 情緒不安定。 何も考えずに生きているのがどれだけ幸せなことなのか。 深く沈んだ気持ちになるときほど思う。 私は自分から、そんな人のところに嫁いだ。 友達に反対されることをわかっていて、友達にも何も言わず。 彼のお母さんが反対してくれているのに、彼についていくと決めて。 これは私が選んだ道。 けれど、泣いてしまうこともある。 なんとか家にたどり着くと、家には明かりがついている。 その明かりに安心する。 外に停まっている車は涼太さんのものでもないし、お父さんのでもない。 お客様かなと思いながら玄関を開けると、思ったよりお客様の数が多くて靴がたくさん。 しかも男物が多い。 奥からは騒がしい声。 なに?これ。 なんて思いながら、玄関を広くあけられるように靴を揃えて整えて。 「お帰りー」 そんな彼の声が聞こえたと思うと、お帰りなさいとたくさんの声が聞こえてきて、びくっとしながら振り返ると、扉の影からこっちを見ている笑顔の見知らぬ人たち。 違う家に帰ってきてしまったのかと思った。
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