桜の下で

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友達に自慢したいって言ったのは私。 彼が太ったらとか言うから、もっと先の話で、叶うこともないことかと思っていた。 もっと早足でまっすぐに帰ってくればよかった。 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。 もう帰らないとっていう人も出てきて、間宮さんが進行として新郎の謝辞を求める。 お調子者な顔を見せる彼は立ち上がって、ちゃんと謝辞のような言葉をみなさんに送る。 「えー、本日はこのような古い家で、今更のような披露宴にお越しいただき、誠にありがとうございました。酒も料理もその程度かと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、他家の奥様方の手料理を食えてよかったと思っていただけたら幸いです」 まともな謝辞にはならないと思ったけど、それ言っちゃうんだ?みたいなものをくれて、私もみなさんも小さく笑ってしまう。 「俺と杏奈はまともと言える出会いでもなく、結婚も勢いでしかなく、とても誰かに自慢できるようなものではありませんでした。誰がどう見ても、おまえ、それ、まともじゃねぇだろと思うようなもので、遊びでしかないだろと言われるようなものでした。 ぶっちゃけると、出会い系の掲示板で知り合い、次の日に会い、その次の日に入籍というものです」 彼はそれをさらっと言ってくれて、私はとてもみなさんのほうへ顔を向けられない。 そこは隠しておいてくれてもよかったと思う。 「俺は…癌で。余命3ヶ月と医者に言われていました。痛み止めだけで本当に3ヶ月で死ぬはずだったのですが、彼女と出会い、俺は病気だと告げているのに結婚したいなんて言ってくれて、何が目的なんだ?こいつと思ったりしながら、結婚して…。彼女に何もできずにただ死ぬのはどうなんだと思い、延命処置にしかならなくてもいいからと治療をすることにしました。 彼女に何かをしてあげたいという動機で治療したのに、俺は彼女に癒されてばかりです。しかもこの何が目的なのかわからない彼女は、俺が病気になって捨てたもの、捨てられたものを集めていこうとしてくれた。元カノや家族といったもの。 俺が動けなくても何も言わずに俺を支えてくれる。 出会いはどう考えても認めてもらえるものでもないのですが、俺は……この命がある限り、彼女のそばにいたいと思います」
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