356人が本棚に入れています
本棚に追加
/230ページ
「誰かを好きになっても、もう相手を幸せにしてやれないのかと思っていました。…君が幸せと言ってくれて、俺がいればいいなんて言ってくれるから…、生きてやろうって…思ったんです。
俺の言葉、信用ないかもしれないけど、君がいたから治療することに決めて。君がいたから、生きること考えて。何度も挫けそうになっても、君がいたから、今、まだ生きてます。
ありがとう。杏奈」
彼に言ったことはないはずだ。
君がいたから。
その言葉がうれしかったこと。
何度も繰り返されて、また泣いてしまった。
彼はずるい。
私が罪に思うもの、消し去ろうとする。
その言葉で消し去られる。
それでよかったんだよって思わせてくれる。
泣いていると、彼の手が私の頬にふれて涙を拭う。
「幸せ?」
「孝太さんは私を甘やかしすぎです」
「でもないと思うよ?自分が気に入らないことを何度、君にぶつけてきたか。君が怒るほうが少ない。俺が甘やかされてる。
君は意地っ張りで頑固で、こうと決めたら突き進んで。怖がりで泣き虫。去年の夏より、俺は君のことを知っている。来年の夏はもっと知っているはず」
彼の手は私の顔を撫でて、私の頬に手を当てて、自分のほうへ向けさせる。
そのグレーの瞳が優しく私に笑いかける。
「言って。君も俺のこと知っているだろ?俺が喜ぶ言葉」
「…もう新婚でもないので恥ずかしいです」
「意地悪。言って」
「…あなたのそばにいられるだけで私は幸せです」
何度も言ったことのある言葉だと思う。
彼はそれだけで少し拗ねたのもなくなって笑顔になる。
そんな彼が愛しい。
彼に抱きついていくと、私を優しく抱き止めてくれる。
ぎゅっと強く、その体を、体温を覚えていられるように抱きつく。
その呼吸、そのにおい、彼という人を体に刻みつけて、いつまでも残せたらいいのに。
「君に愛されて俺は幸せです。君に幸せをあげられるのが俺の生きる喜びです。
何年も、何十年も、同じ気持ちで君を抱きしめるよ」
彼がこの世からいなくなっても。
抱きしめていてくれる。
私のそばにいてくれる。
そう感じて、私はまた少し強く、彼の背中を抱く。
最初のコメントを投稿しよう!