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「誰かを好きになっても、もう相手を幸せにしてやれないのかと思っていました。…君が幸せと言ってくれて、俺がいればいいなんて言ってくれるから…、生きてやろうって…思ったんです。 俺の言葉、信用ないかもしれないけど、君がいたから治療することに決めて。君がいたから、生きること考えて。何度も挫けそうになっても、君がいたから、今、まだ生きてます。 ありがとう。杏奈」 彼に言ったことはないはずだ。 君がいたから。 その言葉がうれしかったこと。 何度も繰り返されて、また泣いてしまった。 彼はずるい。 私が罪に思うもの、消し去ろうとする。 その言葉で消し去られる。 それでよかったんだよって思わせてくれる。 泣いていると、彼の手が私の頬にふれて涙を拭う。 「幸せ?」 「孝太さんは私を甘やかしすぎです」 「でもないと思うよ?自分が気に入らないことを何度、君にぶつけてきたか。君が怒るほうが少ない。俺が甘やかされてる。 君は意地っ張りで頑固で、こうと決めたら突き進んで。怖がりで泣き虫。去年の夏より、俺は君のことを知っている。来年の夏はもっと知っているはず」 彼の手は私の顔を撫でて、私の頬に手を当てて、自分のほうへ向けさせる。 そのグレーの瞳が優しく私に笑いかける。 「言って。君も俺のこと知っているだろ?俺が喜ぶ言葉」 「…もう新婚でもないので恥ずかしいです」 「意地悪。言って」 「…あなたのそばにいられるだけで私は幸せです」 何度も言ったことのある言葉だと思う。 彼はそれだけで少し拗ねたのもなくなって笑顔になる。 そんな彼が愛しい。 彼に抱きついていくと、私を優しく抱き止めてくれる。 ぎゅっと強く、その体を、体温を覚えていられるように抱きつく。 その呼吸、そのにおい、彼という人を体に刻みつけて、いつまでも残せたらいいのに。 「君に愛されて俺は幸せです。君に幸せをあげられるのが俺の生きる喜びです。 何年も、何十年も、同じ気持ちで君を抱きしめるよ」 彼がこの世からいなくなっても。 抱きしめていてくれる。 私のそばにいてくれる。 そう感じて、私はまた少し強く、彼の背中を抱く。
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