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何度、手術をしただろう?
完治しないとわかっていて。
命を少しでも延ばせるように。
彼が望んでくれた。
私がお見舞いにいくと、彼はベッドの上で起き上がって、時間を潰すように本を読んでいた。
口から何も食べなくても、人間は生きられる。
ただ、その体は痩せていくばかり。
恭太はそんな彼を見て、最初は怯えた。
彼がいつものように笑って、手を差し出すと、彼に抱きついて甘えた。
幼稚園の服を着た恭太は、ベッドの上の彼に恐る恐る近づいていって。
彼が名前を呼んで、手を差し出すと、うれしそうに飛びつく。
私はそんな様子を黙って見ていた。
恭太は幼稚園の話を彼に聞かせるだけ聞かせて、満足したのか疲れていたのか、ここは病院だというのに、彼の隣で眠る。
こんな時間に寝てもらいたくはないけど、お昼寝ということにしておいた。
「食べられるうちに、もっと杏奈の手料理食べたかった。これ心残り」
「…また回復します」
「いや、もう無理だ。これ。自分でちゃんとわかってるから。気休めのような言葉はいいよ。そろそろ緩和ケア病棟に移りたいなって思うんだけど、まだ治療していたほうがいい?もの食べられないから、金食ってるって思ってて」
そんなの自覚しないで、治るって言ってくれればいいのに。
治療をしているから一般病棟。
治療をしないで、痛み止めを打つだけのものが緩和ケア。
今も痛み止めを打っているけど、抗がん剤の治療が続いている。
だから彼は帽子を被ったまま。
治療をやめれば髪もはえてくる。
男の人の手にも思えない細い手で、彼は眠っている恭太の頭を撫でる。
その薬指には銀色の指輪が今もある。
「孝太さんが意識を失うほど痛みにのたうち回るくらいになってからにしてください。……って、私に決めさせたら言いますよ?お母さんとお父さんはどう言われたのでしょう?」
「俺が食う金はいくらでも出すから、嫁と子供のことを考えて好きなように、って。放任なんだか、成金なんだか。
意識を失うほどにのたうち回るのはさすがに嫌なんですけど。俺、今、生きていても本当に君に何もしてやれなくなってる。どこかに連れていくこともできない。恭太を抱き上げる腕の力もない。まだ立ち上がることはできるけど、家には帰れないし。帰ってもいいけど痛みに転げて君に心配かけるだけ。君との思い出が病室ばかりになっていくのもなって」
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