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私は何も言葉を返せなくて。
こうしてほしいと言うこともできなくて。
彼のベッドのそばの椅子に座って、俯く。
彼が病棟を移りたいと言っているのはわかる。
それでいいと言うのは、もうがんばらなくていいよと言うみたいで言えない。
がんばらなくていいよって、その体のこと考えると言ってあげなきゃいけない。
でも私は…まだ…一緒にいたくて。
髪が真っ白になるまで、一緒に生きていたくて。
また泣いてしまった。
彼は私に手をのばしてくれて、私は彼のベッドに座り直して、その体に額を当てて寄り添う。
彼の体の厚みはきっと私と同じくらいか以下だ。
つらいのは彼なのに、私が泣いてどうするんだと自分に何度も言い聞かせる。
でも私の頭を彼の手が撫でてくれるだけで、私はうれしくて、その体が動いて熱を持っているだけでうれしい。
「俺、幸せだよ。こんな老人のような見てくれになっても君がそばにいてくれて。俺、かなりの我が儘だ。死ぬことわかってるのに、君といたいって君に望んで。君は叶えてくれて、今もそばにいてくれる。
……杏奈、もう一つ、我が儘言っていい?俺が死ぬときには、がんばったって、頭撫でて誉めて。
つらい気持ちにさせてごめん。君を離せなくてごめん」
「最初にあなたの最期が欲しいと言ったのは私です」
「……それ信じてるから離せないんだよ。君がつらい思いをしてるのは、結局、君が悪い。……いや、お互い様かな。君が離れようとしたときに俺が何度も引き留めたから、俺も悪い。
……でも幸せだった。ありがとう」
最期のお別れの言葉に聞こえて、私は強く彼の体に抱きついた。
彼の体からはいくつものコード。
彼の体の機能はほとんど癌細胞に侵されて使えなくて。
それでも生きてくれた。
私のそばにいてくれた。
「あなたの命は私にとって大切なものです。私の命も…あなたに出会えたから、意味を成せたと思います。
ありがとう。孝太さん」
彼は私の言葉にうれしそうに笑ってくれて、その顔を見て、私も泣きながらうれしくて笑った。
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