雨音に融ける思い出

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雨音に融ける思い出

  擦りきれたアスファルトを走り、約1時間。 俺は昔からよくドライブにきている峠にきていた。 小さな展望台があって、眺めはそこそこ。 マイナーな場所で、ここに来ればだいたい誰もいない。 俺のお気に入りの場所。 何の気無しにサイドミラーを覗けば、暫く切っていない癖毛が肩まで伸びていた。髭も剃り忘れていて、隈が酷くて、…ずいぶんショボくれたオッサンが映っている。 誰が見ているわけでもないが、軽く髪を指で梳いてから車を降りた。 20年来の相棒、名前も知らないオンボロ車のボンネットに腰かけてポケットを探れば、でてくるのはよれた煙草の箱。 白地に赤い模様のパッケージが気に入っていて、吸い始めて10年、銘柄は変えていない。 トン、と箱の底を叩けば、茶色いフィルターが、箱と同じくやる気なさ気な風体を晒す。 口に銜え、ガスの少ない100円ライターで火を点けて、深く深く、有害物質を吸い込んだ。 --満たされていく錯覚に、脳が喜ぶ。 吐き出した煙は風にあおられて、褪せた黄色い車体を滑って。 銜え煙草で見上げた空は、低い。 フィルターギリギリまで燃え尽きた煙草を、律儀に携帯灰皿に突っ込む。 湿った夏の終わりの風を受けながら、今朝見た天気予報の、傘マークを思い出す。 まあ、天気なぞどうでもいいか。 俺はボンネットを降りて、ひび割れた駐車場を歩いた。 眼前の景色は、見渡す限り街。 住宅街の向こうに、霞むビル群、交差する道路。 その手前に、木を模した強化プラスチックの柵がある。 腰の高さくらいのそれをのりこえると、それなりに険しい崖が眼下に広がる。 くたびれたワイシャツと擦りきれた黒のスラックスが、風に軽くなびいた。 俺は柵に腰掛けて、霞む景色の向こう側を眺めながら、また煙草に火を点ける。 吐き出した煙は、虚空に消えた。        
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