第三話

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 ―本当に来てくれたのね―  意外にも近くで聴こえたため、私が振り返ると、制服を着た少女が浮かんでいた。顔や足に痣があり、強姦時の凄まじさを物語っていた。さらに両足首をロープで括り、その先は錘に繋がっていた。駐車場などで見かける、立て看板のついた、石の錘だ。  私は縄を掴み、錘に擦り付けて、縄を切れるか試した。確かな手ごたえがあり、もう少しで切れそうだと気をゆるみかけた瞬間に、息苦しくなった。  ―このままだと溺れてしまうわ!―  潜水に時間をかけすぎたのが原因だと、気付いた時には遅かった。ゆっくりと、だが確実に、視界がぼやけ始めた。 「何をしている?早く戻って来い!」  彼は思わず、彼女が残していった、ショルダーバックを強く握り締めた。  それでも彼女は諦めなかった。いや、諦めることを知らなかった。霞んだ目で数十メートル先の地上を見つめたまま答えた。  ―待っている人がいるから死ねない―  錘に態とぶつけて、糸屑のようになった縄がようやく切れた。その衝撃で指を擦りむいた。私は思わず痛みに表情を歪ませたが、その時どこか安心したように、少女が笑った気がした。  私は両腕に少女を抱いて、一気に浮上した。 「――はあっ」  私が水面から顔を出すと、ちょうど川の中腹にいた。彼がいる向こう岸まで辿り着き、少女を草むらに横たえさせた。  一方の彼は一言も発せず、棒立ちになっていた。あとは自分だけだと思い、河川敷の地面に両腕をついた。しかし、私は這い上がることが出来なかった。そこで意識を手放したからだ。 「朝霞!」  そう叫んだ彼の声も私には届かず、水底を目指して沈んでいった。  頭がまだぼんやりしていた。私はどうなったのだろう。ああ、そうだ力を使い慣れていないのに、無理をしすぎて溺れたのか。大丈夫、ちゃんと覚えていた。それならここはどこだろう。とても温かくて気持ちいい場所だが、少なくとも覚えがない。 「朝霞」  私は診察室のベッドに横たわっていた。そして枕元には、彼がいた。  ぼんやりしていた意識がはっきりしてくると、ふとあることに気が付いて私は叫んだ。 「彼女!荻原(おぎわら)さんはどうなったの?」  私が川から引き上げた少女が、どこにも見当らなかった。 「遺族に引き取られていったから、安心しなさい」
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