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またしても若葉社長から、営業スマイルでおもてなしではなく、私達は社長室に強制連行された。
断ろうものなら、何をされるか分からないので、大人しく従った。但し顔はしかめ面を張り付けた状態だ。隣を見ると普段からそうらしく、彼は溜め息も出ないほど呆れて果てていた。
私が右手を出す前に、社長が左手を差し出した。私はそれを握り返して、即座に仕事の話題になった。被害者の名前を聞いた瞬間に、全身の血の気が引く思いがした。その時若葉社長は特に理由も告げず彼を引き留めた。
「二人とも職務完了お疲れ様。早速次の仕事をお願いしたいのだけど、もちろん担当してくれるよね?」
有無をも言わせぬ速さで押し進める、若葉社長の強引な話し方には頭が痛くなりそうだった。
「あ、柊君は後で少し残って」
前回の事件に引き続き、遺体捜索にあたることになった。今回は強姦死体遺棄事件のまだ発見されていない、五人目の被害者を見つけ出すことだった。
あらかたの捜査に関する説明を受けて、社長室を出て私は背中を壁に凭れ掛け独り言のようにその名前を呟いた。
「智近千歳(ともちかせとせ)か」
「知り合いか?」
「分かりません」
それから数分で社長室から出てきた、彼に聞き返されて私は、ありのままに答えた。
この世には自分に瓜二つの存在が三人はいるという、いい加減なドッペルゲンガー説を肯定するわけではないが、同姓同名の別人という可能性もあった。名前だけでは”彼女”であるかどうかを決定づける、判断材料にはならなかった。
そのため、分からないというのは、ある意味では適切な解答例だ。しかし、彼には私の煮え切らない曖昧な答え方が、口に出して言わないが、どうにも納得がいかない顔をしていた。
「そういえばさっき、わか――」
「何でもない!」
何故彼だけが社長室に残されたのか、尋ね終える前に電光石火の如く、ぴしゃりと誤魔化された。
単純に話したくないのか、とても話せるような内容ではないのか、そのことを不審に感じながらも私達はそのまま現場に足を向けた。
イタクラ鉄骨所と、錆びた看板に出迎えられた。そこはいかにも寂れた廃工場だった。
これまで黙秘を貫いてきた犯人が、何故か遺体をこの工場に遺棄したと、自白したのだ。
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