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「個人営業の工場にしては、大規模ですね」
「東京ドーム丸丸一つと半分だ」
「隠し扉とか地下室とか、あったりしませんか?」
「古い見取り図しかないから、何とも言えないな」
さらに社員らの要望により、増改築を幾度となく行っていたために、正確でなければ、工場内の見取り図として役割を果たしていなかった。
おまけに数十名の作業員を配置して、それ以外は機械任せにしていたらしく、凡人には全く理解できない機械でほとんどの作業部屋が埋め尽くされていた。
「何があるか分からないから気をつけろ」
「これは?」
私がその辺の機会を適当に、指さして尋ねると、彼は“レーザー切断機だな”と、教えてくれたが、やはり私にはよく分からなかった。しかし、何故か彼はこの手には詳しかった。一方の私は話を聞いていて、まず浮かんだのがレーザーポインターだ。あれほど小さな光で一体どうやって切断するのだろうか。
「うわっ!」
考え事をしながら歩いていたせいで、足元の段差につまずいた。馬鹿な私の声にいち早く反応して、彼が戻って来てくれた。そこまではよかった。問題は前のめりに倒れ込み、彼の胸板にすっぽり納まってしまったことだ。
「悪かった。もう少しゆっくり見て回ろう」
身長差があるためかどうしても、歩幅に開きがあった。そのため、普通に歩いても、追いつくのがやっとだった。
「そう、ですね」
どうにも落ち着かなかった。思えば今まで誰かに、こんなにも異性を意識するほど接近したことが一度もなかった。
平然を装っても声が裏返り、誤魔化し切れなかった。彼が私の声で余計に心配して、顔を覗き込んで来た。
顔色を伺って問題ないと思ったのか、我に返って二人の距離が近いことを察した彼は、私から身を引いた上で、歩く速度も落とした。
それに対して私は覗き込まれた時、微かに大丈夫ですと、動かした唇は虚しく声にはならなかった。不可抗力とは言え、突然の接触に緊張していたせいだ。何だか怖気ついたみたいで、急に自分が情けなく感じた。
私が足元に視線を落とすと、埃まみれの床から細い一筋の光が見えた。そのため床に両手をついて、埃を指先ではらい、除去していった。すると光は徐々に形を変えた。
「柊さん!」
私は思わず叫んだ。
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