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彼は床から浮かび上がったものと私の顔を見て息を呑んだ。私が見つけたものは、正方形の工場の外壁と同じコンクリートで出来た扉だった。彼が扉を開けると、煙草をつけた。すると煙は左右へさ迷うように動いた。
「地下通路か。これだけ暗いと道具が必要だ。明日また調べよう」
「はい」
不本意ながらも、一旦は引き返すことにした。私は念のために帰る前に、扉を開けたまま声を聴いてみたが、何も聞こえなかった。
「柊さんは随分と機械に詳しいですね。工場にでも務めていたのですか?」
「俺の実家が主に音楽関係の機材を製造と販売の両方をしていたから、自然に覚えただけだ」
私は申し訳ないので構わないと断ったのだが、思いの他捜索に時間を取られてしまい、結局のところ家まで送ってもらうことになった。
「門前の小僧習わぬ経を唱える」
「若いわりに変な諺(ことわざ)を知っているな」
ちょうど赤信号で停車して、彼はお腹を抱えて笑った。しかし、その笑顔はすぐに消えた。
気になっているが、遠回しにしてどうにも聞けずにいた私に、痺れを切らしたように問いかけられた。その時にはもう真剣な表情になっていた。
「一体何が知りたい?」
本当に聞きたかったのは、そんなどうでもいいことではなかった。しかし、聞いてしまってもいいものなのかという、ためらいがあった。踏み越えるのが、怖かった。もう二度と引き返せなくなりそうで、ただ恐ろしかった。何故そう思うのか分からなかったが、少なくとも恐怖しか感じなかった。
「聞いても、良いですか?」
「バーカ。だめなら言わないだろ」
そして家に着くまでの間、彼は時折 言葉に詰まりながらも、自分の過去を打ち明けてくれた。
元々は警察官で自らが担当した事件は、ほとんどを解決へと導いた。しかし、幾つかは迷宮入りしたままだ。その捜査にあたっていながら解決できなかった、責任を感じた彼は、そこから自衛隊に転職したのち、現在の遺体捜査官になったようだ。
そして迷宮入りした事件の中でも、強烈に覚えている事件があった。それがレーザー切断機による、死体遺棄事件だ。痣や目立った外傷が見受けられたために、生前に暴行を受けた可能性があった。
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