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「ただいま」
何を言っても返ってくることのない、孤独を映したマンションの一室だ。ここはあの何かと強引な社長から、紹介してもらった場所だった。仕事の割り振りだけではなく、生活面でも捜査官の支援に努めていた。
俺の場合は車があるので、駅からは遠くても、これといって差し支えはなかった。また、仕事場から三十分圏内で通勤が可能という点も有り難かった。
帰って着て早々だが、俺は地下室のことを考えていた。暗がりで動くのであれば、リュックサックかウエストポーチのどちらかで、両手が動かせる方が向いているだろう。あとは念のために着替えか。道具としては当然のことながら、懐中電灯も必要だ。
おまけに地上でさえあの規模なのだから、地下はどれほど入り組んでいるか分かったものではない。
使い物になるかいささか疑問だが、方位磁石も持って行った方がよさそうだ。普段は革靴でいるが、運動靴の方が動きやすいだろうと、あれこれ考えて俺はふと気が付いた。
これをどうやって伝える?
俺は連絡先をまだ交換していなかった。仕方なく繋がるかどうか分からなかったが、社長に電話してみた。すると三コールでいつもの胡散臭い声が聞こえて安堵した。
「もしもし、柊です。すいません、朝霞の連絡先を教えていただけませんか?」
「えっ、まだ交換していなかったの?本当は許可が必要だけど、分かったよ」
本当は聞けたはずだ。あの時にアイツが別れ際に、嬉しそうな泣きそうな、妙な顔をしていた。俺はただ、また明日と言っただけなのに、そういう言葉をかけられること自体に慣れていないのだろうか。あんな表情さえしなければ、その時に聞き出すことは出来ていた。完全に話しかける瞬間を見逃してしまったのだ。
俺は何も複雑な顔をさせたいと態と困らせたくて、言ったわけではない。それなのにどうして?分からないことが多すぎた。
「柊君?聞こえているかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
俺は電話番号とメールアドレスを聞き出した。正直メールは苦手だが、もう時間帯が遅かった。そのうえ必要なものが多すぎて、電話しても書き取るのは一苦労だ。そのことを踏まえると、いくら年下とはいっても、この時間に電話は、非常識だと思った。
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