第七話

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 普段からよく眠れない。寝つきが悪いことは、今に始まったことではなかったのだ。しかし、普段とは明らかに違っていた。  妙な胸騒ぎがして、私はどうにも落ち着かなかった。何だかとても大事なことを見落としているように思えて気が気でなかったからだ。  もちろんそんな気がしただけで、決定的な根拠などはない。ただ今夜もぐっすり安眠は、出来そうにはないと思った。死者の声を聴く力は無意識でも作動するため、安心して眠ることが出来ないからだ。そしてその悪い予感が、最悪の形で的中してしまうことになった。  ―いや…誰か助けて、ここから出して!―  ガバッと勢いよく目覚めて時刻を確認すると、午前 四時四十四分になる所だった。私はすぐさま彼に電話をかけて、状況を説明した。地下室を見つけた後で死者の声を聴くとなれば、状況から推察すると、最近のものだろうか。  正直に言うと、一方的に聴こえるだけで、発せられた正確な時期まで特定は出来なかった。しかし、入り口を発見した時は、何も聴こえなかった。捜索してみないことには何とも言えないが、あそこに”何か”があることだけは確かだ。その旨を彼に伝えると、先ほどより焦りを隠しきれていない声を漏らしていた。  私は寝汗でぐっしょりと濡れていたため、シャワーでも浴びたかったが、電話の声から察すると、彼は動揺していた。そのぶん車の速度は上がる可能性があった。そこで服だけ着替えて、メールを受け取って、事前にまとめておいた荷物を手にした。  朝が早かったり、夜が遅かったり、こういう仕事をしているとどうしても、時間に追われてしまうのだ。それ故に一日三食とも柊家の三人とは、ばらばらに食べることも稀ではなかった。  動ける者が動ける時に動き、動けない者を手助けし合うというのが、遺体捜査官本部の社風のため、一般企業のように定時はなかった。逆に手助けされた側はしてもらった相手が動けない時に、休めるように業務に当たるのだ。つまり、シフト制ではなく、交代政制による譲り合いの精神で、仕事量が決まっていた。それでも過酷な環境であることに大差はない。しかし、それでも自分で選んだ仕事だ。悔いなどは微塵もなかった。 『お姉ちゃん大好きだよ。お仕事がんばって来てね!』  不規則な生活の中でも、煉君が優しい言葉で支えて、気持ちよく送り出してくれているからだ。大切な弟のために、今日も働けるのだ。
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