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また長く染みついた癖で服の下に隠すように、安価な布製で赤色のウエストポーチをつけていた。中身は携帯電話、財布といった貴重品、捜査官の名刺、絆創膏、ガーゼ、消毒液、包帯と軽度の処置道具だ。お洒落は二の次で、動きやすさを重視した格好だった。
「お弁当はいいの?」
「はい。お気持ちは嬉しいですが、食堂で済ませます。それでは行って来ます」
彼女があくまでも一歩引いて、事務的に返答すると、育て親である義父の眉間に皺が寄るのを視界の端で感じた。その原因は自分にあるのだ。きちんと理解してほしい反面、もうずっと平行線のままの気がして、諦めに近い感情が苦々しく胸の中で広がった。
何も知らない純真無垢な小学三年生の義弟は、玄関まで彼女を追いかけて太陽のような眩しいくらいの笑顔で見送ってくれた。くすぐったくて何度繰り返しても、慣れそうにはなかった。これが彼女の何気ない朝の風景だ。
その一方で彼女とは対照的な存在が彼だった。
前々職は刑事、前職は防衛軍の軍人、現職は遺体捜査官という変わった経歴の持ち主だ。自衛隊の出身者がいないわけではないが、刑事よりは圧倒的に少なかった。その割に入社時はあまり腕の立つ捜査官ではなかったが、勤務から三年目には遺体発見数一位をたたき出した。それを七年も連続で維持させた実力者だ。
しかし、当の彼は上に上りつめたいという野心がある訳でもなく、もっと稼ぎたいと意欲的な訳でもない。彼に残った彼自身を動かす原動力は、遺体を捜索する執念のみだった。虚しさを振り払うように来る日も来る日も遺体を探すだけだ。
そのせいか、自分の格好を気にする様子を見せない。つまり、身なりはあまり綺麗ではない。彼は一言でいえば、草臥(くたび)れた中年男性だ。
手入れされずに放置され続けた結果、伸び放題の無精髭に、締まりがなくだらり肩に垂れた黒髪は、くるくるとカールしていた。特に前髪は同じ方向を向いていないほどの有様だ。左右と後ろは辛うじてストレート髪だが、所々に寝癖が複数ヵ所も残っていた。
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