第一話 二人の朝

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 そして無地の七分丈で灰色のカラーTシャツは、腕まくりをしていた。そこから露出した腕は、競輪選手の筋肉質な足ほど太かった。勝手な想像ではあったが、林檎どころかメロンでさえ握りつぶせてしまえそうなほどだ。さらに下は真っ黒な体毛が見えるロールアップジーンズという格好だ。そのうえ身長も百八十五cmと高く、遺体捜査官らの平均身長である百七十三cmを優に超えていた。  また、腰に高価な黒い本革製のウエストポーチを身に着けていた。ふと足元に目をやると白いメッシュ生地のソックスを履き、既に靴底が擦り切れた安物な茶色の革靴は一部革が剥がれ、長年履いていることが一目で分かるほどに痛みが激しかった。  そこまで履きつぶしても新調しないところを見て、彼女は物を大事にする人なのだと解釈した。しかし、実際は優柔不断で面倒くさいだけだ。そのうえ彼女が見かけるときは常に仏頂面のためか、威嚇には十分な眼光の鋭さだ。まさに悪人面や強面という表現がしっくりくる容姿だった。 「おはよう」  思い出さなくていいように、かつて持ち家があった莱千町(らいせんちょう)からは、遠いその分本部から近い町で、徒歩三十分県内に駅がある場所を探してここに辿り着いた。契約金さえ払えばすぐにでも住めるように、家具家電付きで駐車場を完備しているマンションを購入したのだ。  部屋の広さは1LDKだ。間取りは日当りのいい東向きで、玄関のドアを開けると、細い通路があった。通路の左側に一つドアがあり、そこは奥がトイレで手前が脱衣所と風呂場だ。さらに玄関から見て正面にもう一つドアがあった。そこは手前から対面式の台所、冷蔵庫があった。部屋の中央に正方形のマットと小さいラウンドテーブルがあり、そこから見られるようにと斜め右にテレビが置かれていた。さらにテレビの近くには折り畳み式のベッドがあった。またテーブルの奥には窓と洗濯物を干すベランダ、そして窓の上にはクーラーも完備していた。思っていたよりも住み心地がよく、後から買い足す手間を考えると、身軽だったが故に楽だったとさえ思えてきた。
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