第二話

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 その度に、義弟である煉(れん)君が、あの太陽の笑顔を向けてくれた。その優しさに彼女は幾度となく救われてきた。とっくに心はボロボロでも、もう少しだけなら、踏ん張れそうな気がして、力になっていることは確かだった。  ふと彼女は一瞬戸惑うように立ち止まって、高層ビルを見上げた。社名の入った看板がない、その場所は遺体捜査官らの集う”本部”であった。今日からここが彼女の新しい職場になるのだ。  手動ボタンに軽く触れると、すぐにドアが左右に開いた。ここは歓迎されても、捜査官には歓迎されないだろうなと、薄く自嘲しながら内部へと足を踏み入れた。  (ホテルのフロントみたいに広い・・・受付ってどこ?)  ふらふらと探している内に通り過ぎていたようで、受付に常駐していた男性から呼び止められた。名前を尋ねられるとそのまま、名前と顔写真入りのIDカードを手渡されて、物々しいゲートをピッという機械音と共に潜り抜けた。  階段は避難訓練や緊急時用のため、普段は閉鎖されていた。そのため、彼女はエレベーターに乗った。そこに階数を押すボタンはなく、真っ黒のパネルがあるだけだ。  これは指紋認証機能が付いた最新鋭だ。彼女がパネルに人差し指を軽く押しあてた。すると、奥から緑色のレーダーが上から下へ降りて、ゆっくりと読み込みが始まった。  正常に認識された後、真っ黒だったパネルにようやく、階数が表示される仕組みだ。彼女は再びパネルに触れた。この作業はこれからは毎日行わなければならない。日常になるのだから、少しでも早く慣れなければと思った。  本部は元々こうではなかったらしい。しかし、遺体捜査官が必死になって探してきた遺体が、全て遺族の元に帰る場合は稀だ。認めたくない親が、遺体の引取を拒否することがあった。そのためいつの間にか、本部は”遺骨の姥捨て山”と化していた。  さらに行き場のない感情を消化しきれないまま、捜査官に牙をむけるという、襲撃騒動が何度か勃発したようで、IDカードも指紋認証機能も、捜査官の命を守るためであった。その騒動で幸いにも死者は出なかったが、負傷者が多く出たこともあり、厳重体制を敷いた結果だ。
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