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その日、扉から出てきたのは、何の特徴もない、20歳前後の男性だった。
母の言うこと適当に聞き流しているところから見て、これはうまくいかないと私は思っていた。
彼に異変が起きたのは、私が持っていたペットボトルの中のお茶を飲みほし、母に新しい飲み物を強請った頃からだと思う。
「暑くて死にだよー」
私がそう言うと、母は無言で私を睨みつけた。それを彼が少しだけ眉間にしわを寄せて、じっと見ていたのを、私は覚えている。
「中に入りますか? お茶くらいならありますよ」
彼は言った。私は頷いたが、母が「それは、ちょっと……」と言って、私の手を握った。
「あっ、すいません。そうですよね、待ってて下さい。取ってきます」
彼が、お茶の入ったガラスのコップを持って戻ってきた時、今度は母が彼に謝った。
「今度、何かおいしいものでも持って、お邪魔しますね」
母はそう言った。家の中に入る場合は、私ではなく、同じ宗教を信仰している近所の中年男性が、母に同行することになっていた。
「いや、その、せっかく来ていただいてあれなんですが……ごめんなさい、俺あんまり、宗教とか、興味なくて……」
彼は本当に申し訳なさそうにそう言った。
「そうですか、さきほど大変熱心に私の話を聞いて下さっていたみたいですけど……」
母がそう言うと、彼は笑った。
「あー、慣れているですこういうの」
彼が優しい笑顔で言った。
母は、よく私たちのような者が来るのかと質問したが、彼は首を振った。
「いるんです知り合いに、ずっとそいういう話ばっかしてくるやつが」
彼は何気なく言ったが、母はその知人について、詳しく彼に訊こうとした。彼は、すぐ近くだからと、その知人がいるという、団地の名前と詳しい住所を言った。
その地域は先に下調べを済ませて、建物の名前など、大体のことは知っているはずだったが、母は首を傾げていた。
「地図書きましょっか? それか案内します? そうすれば紹介もできるし」
彼が言うと、母は喜んで、彼に案内を頼んだ。
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