第十話

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 私は一人で捜査していた。その原因は遡ること、二日前に届いた一通のメールだ。  すまないが、今回は辞退することにした  寝起きではあったが、その文面で一気に覚醒した。確かに口調がかたく彼らしい言葉だった。アドレスも彼で間違いなかったが、どこか違和感があった。  柊さんは自分の経験でこうした方がいいのだが、どうするのかと提案して、大抵は私の意見を取り入れていた。しかし、届いたメールは、辞退すると確定していた。明らかに誰かが勝手に送ったものだと分かった。  それに対して私は、あまり深く考えずに、簡潔に”分かりました”とだけ返した。  彼と捜査していて、居場所が与えられたように錯覚していた。しかし、これで現実へと引き戻された。  おそらくは私の存在を気に入らない、なおかつ彼と衝突を起こしたがっている人物だ。考えすぎかもしれないが、そこに敵意が感じ取れた。  彼を巻き込めず、私はすぐ彼女と連絡を取り、会うことにした。そして彼女は自分が行きつけである。KURUMIというカフェを待ち合わせ場所に指定した。  私の協力者は雫瀬舞唄(しずせまいか)だ。私がフリーダム社にいた頃よりも以前には、同じ大手のリゼラブル社で、恋愛小説を執筆していた。当時の担当者が紛れもなく彼女だった。  私が書きたい小説よりも、少しでも利益を生む小説を求められ、お互いの価値観の不一致で別れることを選んだ。そのあとで、私はフリーダム社の編集長に引き抜かれた。私はただ逃げ出したかった。  大手の企業、まして出版関係と言えば求められることが多いのだ。また、作品の世界観を拡大させたり、高い完成度の一定化を確保したりするより、賞や利益を優先されてしまうのだ。  それが辛くて、この息苦しさを舞唄だけは、分かってくれると思っていた。理解されなかったことは、決別を超えるほどの苦痛だった。もう会うことはないと思っていたが、舞唄と別れたのも再会した場所もこのカフェだ。甘い思い出と苦い記憶を呼び起こすこの場所は、正直あまり好きではなかった。 「ごめん!待った?」 「ううん」  偶然にも再会してから、一度も会っていなかったが、何も変わっていなくて、そっと悟られないように安堵の溜め息を吐いた。 「考えさせてほしいと言っておきながら、辞退する時は随分と一方的で勝手ね」  例のメールを舞唄に見せると、ここにいない彼への不満を漏らした。
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