第十話

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 正直傷ついた。別れを切り出した時よりも、ずっと強烈な痛みを感じた。何も知らない相手をどうして、そこまで非難できてしまうのか。舞唄は別れる以前と何も変わっていなければ、成長もしていなかった。早くこの話題を逸らしたくて、私はすぐに仕事の依頼内容を話した。 「電話の通りで、彼女の現住所が知りたい」 「分かったわ。一日半か二日くらいかかるけどいい?」 「十分だよ」  そう答えながら、私は舞唄に一枚のモンタージュ写真を渡した。そこに写しだされているのは、現場で発見した 身元不明の遺体女性から、情報を取り出して加工した生前の女性と思われる、人物の写真だ。この事件の五人目の被害者は旧姓旧名が朝霞璃夢(あさかりむ)こと智近千歳の疑いと可能性があることは伏せていた。別に隠している訳ではない。ただ、黙っていた。  余計な心配をさせたくないからだ。それにまだ、確定ではない。可能性の域を出ていなかった。何も急ぎすぎる必要はないだろう。全てを話すのは、確証を持ってからか、一通り片付いてからの方がいいだろうと、判断した結果だった。  話そうと思えば話せることを態と省いた。こんな仕事の頼み方をすれば、あとで怒らせてしまうことになるのは、きちんと理解していた。しかし、その事実をどう伝えればいいのか、上手く言葉に表現することが出来なかったからだ。その後はお互いの身の上話、恋愛事情など他愛もないことを語り尽くした。 「しー、ごめん」  それは、私が付けたあだ名だ。元々はしーちゃんと呼んでいたが、いつの間にか変わっていた。いつからだろう。確か今までのキャリアを捨てて、情報屋に身を落とした頃だったか。  やり手の編集者で鳴かず飛ばずの作家を数百人以上も世に送り出してきた。そんな舞唄がどうして?とは思ったが、尋ねることは出来なかった。全てを受け止めるほど、勇気も覚悟もなかったからだ。 「これくらい平気よ」  私の過去を気にしていても、踏み込まない彼にほんの少し似ているかもしれない。じれったくてもどかしくて、それでも愛おしくて壊したくない。こんな気持ちがコーヒーに入れる角砂糖みたいに、消えてなくなる時がくるのかもしれない。いつまでも子供のままではいられない。幻想は一時の夢を見せてくれるが、その場しのぎだ。今をしっかり的確に捉えて、現実に戻る必要があった。  さよなら、過去の私。初めまして、未来の私
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