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私は高ぶる鼓動を抑えながら、眠る女が被っている夜具をそっと押しのける。
どうやら、女は、湯を使っていた中将の君が戻ってきたものと勘違いしているらしい。
「中将の君、お湯は済んだの?わたくし、一人で心細かったのですよ…」
と、親しげに話し掛けてきた。
私はクスッと微笑した。何の因縁か、その時の私の官職は『近衛の中将』だった。確かに『中将の君』で間違いない。
私は身を屈め、女にそっと囁く。
「中将の君をお召しだったので、参りました。…人知れず貴女に焦がれていた想いが通じたらしい」
咄嗟の事に、女もどうすればいいのか思い付かなかったのであろう。物の径にでも襲われたように、ビクリと身を震わせ怯えている。
震えている獲物というのは、何とも可愛らしい物だ、と私はぞくぞくしながら、女の唇に触れる。
「そんなに、怯えないで下さい。愛しいお方。決して一時(いっとき)の戯れなどではございません…。貴女のお噂を耳にし、長年、一人想い焦がれていたのです。これも前世からの深い縁に違いない…そう思い、ここまで参った私をどうぞ、疎ましいとお思い下さいますな…」
あくまで優しく、ゆっくりとした調子で私は囁く。まるで、真の恋人にするように……。
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