第1章 母

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 清涼殿から部屋の距離は、妃の身分の高さにより決まっていて、一番距離が近く、敷地も広大だったのは、権力者である右大臣の息女が住まう、弘機殿(こきでん)。私の母は、最下層である更衣の中でも、後ろ楯を失っており、入内も遅かったが故に一番遠く離れた狭い桐壺に住まっていた。  それでも、毎夜、帝の夜伽に呼ばれるのは、母・桐壺の更衣であった。 『まぁ、また今宵も桐壺の更衣が帝の元へ』 『幾ら美人とはいえ、なんの身分も後ろ楯もない癖に。どんな手を使って、帝を虜になさったのやら』 『ほら。身分の卑しい者は、鼻がきくと申すではありませぬか。まるで、野良猫のように…。きっと、寝間であられもないような事をなさるのでしょうよ。それこそ、猫のようにね』  ホホホホホホ  御簾の内から他の女御(にょうご※妃の位。高位の妃)や、更衣が、嫉妬や妬みで囁く悪し様な言葉を、どのような想いで、母・桐壺は聞きながら、彼女らの部屋の前を通って行ったのか…。
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