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「お目覚めでございますか?六条の院様(※晩年の源氏の君の呼称)」
女房の一人が御簾越しに訊ねてきたので、私は
「ああ。ところで紫の上は?」
と訊ね返した。
「…何をおっしゃっておいでなのです?紫の上様は既に…」
言いかけた女房を遮り、私は笑った。
「既にこちらにいらっしゃる。そう言いたかったのだな?悪かった」
「は…?え?」
尚も何か言いたげな女房に、私は
「よい。下がっておれ」
と告げる。返事はなく、衣擦れの音のみが遠ざかって行った。私は愛しい妻を見つめて、目を細めた。
「いつの間にそこにいらっしゃったのです?愛しい人」
『お目覚めになられる前からずっと。ここに身を潜めて、殿を見ておりましたのよ?』
几帳の陰から、顔だけをのぞかせた紫の上はいたずらな目でふふっと楽しげに笑った。
私は立ち上がり、彼女を几帳の陰から引っ張ると、胸に抱き締める。
「いつまでも、少女のような事をなさる」
そうして、紫の上の髪を撫でながら、彼女の幼い頃を思い出した。思えば、紫の上を見初めたのも、彼女が、あまりにあのお方に似ていたからだ。
輝く日の宮。藤壺の宮様に…。
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