彼らの日常はボーダーラインすれすれでバランスを保っていた

9/13
前へ
/37ページ
次へ
「今日、学校は?」 静かに尋ねてきた母親の言葉が引き金となって、彩香の糸がひとつぷつりと音を立てた。 「っせぇな。今から行くよ!」 揺らしていた向かいの椅子を、彩香はついに豪快に蹴り倒した。 びくりと母親の肩が揺れ、それがまた彼女の気に障る。 母は常に怯えている――自分にさえ。 父親は一流の大学を出て一流の企業に勤めるエリートである。 彩香はその血を色濃く受け継いでいて、小・中・高と一貫して優秀な成績を収めてきた。 高校2年のある時までは。 ――全部あの変態野郎のせいだ。 引きこもりの兄がいることが、どこからかバレた。 兄と同学年の兄弟がいる誰かが写真を入手したのだろう。 夜のコンビニで成人誌を立ち読みする知宏を同級生に目撃された時、彩香の真っ当で華やかだった人生は終わった。 酷い虐めが始まった。 真面目で頭の良い人間が集まる進学校だからこそ、その質は周到で陰険だった。 彩香は身を守るために、奴らよりも強いグループに逃げ込むしかなかった。 一流の四大へ行く予定だったのだ。 それだけの実力があったし、自分はそうすべき人間だったと今でも彼女は思っている。 だが今実際彩香が身を置いているのは、学力など関係なく金さえ払えば誰でも入れる三流の短大だった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加