彼らの日常はボーダーラインすれすれでバランスを保っていた

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  《母:翔子》 榊翔子は、2階から聞こえてくる奇声と大きな物音で目を覚ました。 夫はまだ隣で寝息を立てている。 枕元の目覚まし時計で確認すれば、家族の朝食を作りに起きだす定刻よりも1時間以上も前だ。 この騒音の犯人が誰なのかは考えるまでもなかった。 彼女が気にしたのは暴れているであろう息子の安否や精神状態ではなく、まず第一にこの音で夫が目を覚ましてしまわないか、第二にこの音が近所に漏れ聞こえていないかどうかであった。 ずっと続くようならば止めに行かねばならない。 だか自分が声をかけたところで、上手く治める自信はなかった。 否、彼女には、事態を悪化させるかもしれないという懸念さえあった。 薄闇の中で歯を食い縛り、布団の端を握りしめてじっと耐えていると、最後にひとつ大きな物音をさせて2階は沈黙した。 力が抜けていく。 翔子は吐き出す安堵の溜め息すら無意識に殺した。 ――あの子はいつから、あんな風になってしまったのだろう。 元々気の弱い子ではあった。 それが自分に似てしまったのだという自責の念はある。 だからこそ、息子が学校へ行くのを辞め社会性を放棄した時に感じた失望は大きかった。
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