初めてのペットは、シベリアンハスキー

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銀は、しかし、私には、頼もしい面があった。不味くて食えない学校給食のコッペパンを片付けてくれる、欠かせない相棒となった。 私は、銀に芸を仕込まなかった。銀は、お手もできないまま、世を去った。 子犬だから、よく汚れる。 牛舎という所は、牛の糞尿だらけである。私は、学校から帰ると、銀を洗った。そのうち、銀は水浴びが好きだと理解するようになった。 今から思えば、シベリア原産の犬にとっては、和歌山県の夏は耐え難い暑さだったのだろう。銀は一歳を超えた頃には、ホースをくわえて水浴びをせがむようになった。頼られるのは嬉しいことである。 銀は、この頃から繋がれるようになったが、長い鎖に繋がれて、それは、敷地の外には出られないが、屋根付きの牛の居間と、運動スペースの境界線上に杭が打たれ、降れば、屋根付きスペースに待避出来、晴れれば運動スペースで野良猫と運動会が出来る長さを持っていた。 但し、犬の福祉を考えて、そうしたのではない。ちょうど、そのサイズの鎖が余っていたのである。 牛はホルスタインの雌、乳牛である。 銀は、祖父が搾乳の時は、最初はくれとせがんだが、犬に飲ます乳はないと、もらえなかった。子牛が乳を飲むのを見て、あの乳首に吸い付けば乳が出ると察したのか、雌牛の股下に潜り込んで、牛に蹴られて大怪我をした。以来、牛とは距離を保つようになった。 銀が大怪我しても、時間かけたら治るだろうと、家の者は、獣医にかけることさえしなかった。銀の足に添え木を当ててくれたのは、牛を見に来た、獣医であった。彼が、銀を見て、見かねて手を差し伸べてくれたのである。この骨折は入院させた方がいいが、あんたの親は金出さない。置いていくしかないが、動かすな、また、足を引きずるようになるかも知れないから、覚悟せよと言い残した。 私は、牛を搾乳し、祖父に隠れて、牛用ほ乳瓶で乳を与え続けた。また、固形の餌は、手で与えた。 立てないから、いや、立たせてはならないから、そうするしかなかったのである。 幸いにも、銀は後遺症を残すことなく、回復した。
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