【1】あたらしい家族

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◇ ◇ ◇ 政は、父へは一定の信頼を置いていたけれど、母へはまったく逆の線を引いていた。 加奈江へ向けるやさしさの一片でも向けてくれればいいのにと思うくらいに、ふたりの間は暗かった。 台所は女の領域だから、後から入った加奈江は房江の後ろで控える身だ。時折、あれこれ言われはしたけれど、彼女とふたりで片付ける台所仕事は気まずさはなく、嫌でもなかった。 房江が作る料理も、政が学生時代に「食べていない」という理由が、もしかしたら味に問題があって……の雑念を払うもので、普通に美味しかった。 味付けは家毎に違うもの。料理好きの加奈江は房江から尾上家の味の教えを乞うた。 「私はどうにも漬け物だけは苦手で」 房江がぽつりと言ったことがあった。 「夫のお義母様が特にぬか漬けがお上手だったそうだけど、結婚した時はもう亡くなられていたから、教わる機会もなかったわ。ああ、でも、今はお漬け物は外でも買えるし、若いお嬢さんが毎日ぬか床をかき回すのもイヤでしょう」 「実家にあります。私も時々、手入れしてました」 「そう」 「作っても、いいですか?」 口にして、あ、よかったのかしら、と加奈江は口を覆った。 人の領域で、その人が苦手だというものを作ると言ってしまった。 許されるのだろうか。 口をつぐむ加奈江に房江は言う。
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