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「…あっ、やっぱり雨が降り出した。良かった~。洗濯物部屋干ししてきて」
電子カルテに記録を書き込む俺の耳に入って来た、ナースの声。
その声に誘導されるように、ふとナースステーションの窓に目を向けた。
昼休みに珈琲を飲みながら屋上で眺めていた青空は、いつの間にか灰色に淀んでいて、か細い糸のような雨が窓ガラスに伝っている。
「嘘っ!…やだっ!天気予報が今日は天気崩れる心配が無いって言うから、いっぱい洗濯物干して来ちゃったじゃん!」
「それはご愁傷様。帰ったら先ずは洗濯のやり直しだね」
「最悪~!今日は一日忙しくてへとへとなのに、雨のせいで疲労倍増!天気予報士の石原〇純も言ってたけど、天気予報なんて信用できないねっ」
夕方の経管栄養の準備をしているナースの内、30代半ばと思われるナースの一人が気落ちしたようにがっくりと肩を落とした。
俺は何気ない日常の会話をするナース達に視線を置いたまま、あの日の情景をふと思い出し、人知れず行き場の無いため息をつく。
「…高瀬先生?どうしたんですか?ボーっとして…先生らしくない」
最初に雨に気づいた小柄なナースが、キーボードの上で固まったまま動かないでいる俺の指を見つめ首を傾げた。
意識を他所に飛ばしていた俺はその声でハッとし、動きを忘れていた指がピクッと小さく跳ねた。
「あ…いや。…ちょっと、デジャヴを感じてたんだ」
「デジャヴ?…何にですか?」
「君たちの今の会話に。いつだったか…全く同じ光景を見たような気がして」
キョトンとする彼女を見てそう言うと、小さく息をついて再び電子カルテに視線を戻した。
「デジャヴ、私も時々ありますよ。私の場合は場所がほとんどですけど。…この雨、夜更けと共に雪になりそうだな」
彼女は、おそらくみぞれ混じりと思われる冷たい雨を見つめ、誰に聞かせるでもないような静かな声で呟いた。
―――――あれは、三年前。
俺たち家族3人の人生を大きく変えた事件が起きた、あの夜も…
俺はこうしてスタッフ達のたわいない会話を背にし、電子カルテのキーを打ち鳴らす手を止めて、夕方から降り始めた雨を眺めていた―――
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