第14話 【灰色の雨 ~正臣Side 1~】

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微かな明かりが灯るリビングの扉を開けると、フローリングのリビングと繋がった和室に娘の姿があった。 娘は敷かれた敷布団の上で横たわり、シーツに涙の雨を降らせながら大声を上げて泣いている。 「咲菜っ!どうした!」 慌てて娘の側に駆け寄ろうとした瞬間、右目の視界に黒い塊が映り込んだ。 目を大きく見開き視線を向けると、そこには娘の隣に居るはずの妻の姿が―――― 「雪菜…そんなところで何をしてる?咲菜が泣いてるじゃないかっ」 薄暗いリビングの中、背中を丸め膝を抱えるようにしてソファーに座る妻に声を飛ばした。 視線を一点に落とす妻の手の中には、僅かな光を放つ携帯電話が握られている。 「咲菜、お腹空いてるんじゃないかと思ったのにジュースもお菓子も要らないって言うの。自閉症の子供って癇癪を起しやすいのかな。だから葵に聞こうと思って、今メールしてたの」 妻は俺に目を向けることなく平坦な声でそう言うと、何かにとり憑かれたようにメールを打ち続ける。 「葵ちゃんにメールって…まだ朝の5時だぞっ」 俺は布団の上に横たわる咲菜を抱き上げ、一体どれくらいの時間この姿勢のまま放置されていたのだろうか… シーツに広がった涙の水たまりのシミを見つめ、声を荒げた。 「大丈夫、今夜は夜勤なんだって。葵がね、困ったことがあったら何時でもメールしてくれて良いって。葵が看護師でホント良かった」 デパートの婦人服売り場でマネキン人形が浮かべているような、体温の感じない薄ら笑いを口元に貼り付けて、妻は不自然に声を弾ませた。 妻がメールの相手だと話すのは、高校時代からの親友、香川葵。 雪菜と同様に、俺にとって高校時代の後輩だ。 彼女は言わば俺たち二人の仲人的な存在であり、もし彼女の存在が無かったら、雪菜の親友で無ければ、俺たちがこうして結ばれることは無かっただろう。 俺を追いかけて一人東京にでてきたものの、東京の暮らしに慣れない妻は、同じ東京で暮らす人々は疎かこの環境にまで背を向け、最近では、まるで自閉症の疑いのある娘を人目から隠すように引きこもりな生活を送っている。
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