第1章

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 イカと確かに目が合った。しかしすぐにススムは思い直した。そもそもこのイカには目がない。目がないのに目が合うなんて可笑しな話だ。何かの勘違いだ。そう思うと今度は急にバカらしくなった。仕事を終えたばかりで腹が減っている。ススムはもう何も気にせずイカに齧りつこうとした。  「やめろ、食べるな。」  ススムは驚き身を引いた。勢いでススムの手から酢イカが離れる。宙を舞った酢イカは休憩室の床の端っこまで飛ばされてしまった。  「あーあ。バカ。」  そういったのはススムではなくイカの方から聞こえる男の声だった。  「だっ誰だ!?」  ススムは誰も居ないはずの休憩室の中で叫んだ。もちろんススムにだって声がイカから発せられていることに気づいてはいる。だが気づいていたからって、簡単に信じられるわけじゃない。ススムは腰掛けていた椅子から立ち上がりイカから後退った。  「おーい。拾ってくれよ。人間。」  酢イカは暢気な声でそういった。間違いなく、酢イカから声が出てるのは明白だった。そもそも、ここには誰も居ない。鍵の閉まった休憩室で一人きりなのはススム自身よくわかっていた。しかし頭が混乱している。動きようにも体が固まって動けない。  「おーい。聞こえてるか?人間。びびってないで拾ってくれ。このままじゃ汚いばい菌が移ってくる気がしてやなんだよ。」  「…お前は誰だ。」  「だれってイカだよ。酢漬けイカ。みりゃわかるだろう?めくらかお前は。」  「なんで、イカが日本語を話すんだっ?!」  「なんでい、イカが日本語話しちゃいけないのかよ。英語だったら良かったか、このタコ野郎。」  「な。口の悪いイカだな。」  「兎に角、早く拾ってくれよ。」  イカがあまりにも普通に会話できるのでススムの恐怖心が少し和らいだ。イカのほうへ少しづつ近づいていく。やはり酢漬けイカだからか自力では動けないみたいだった。何も話さなければただの微動だにしない酢イカである。  「早くしてくれ~。人間さま~。」  酢イカがふざけた様にいう。それにムッとしながら、ススムはティッシュを二、三枚取り酢イカを拾い上げた。  「あ~ちょっと、水で洗ってくれ。小石が付いたみたいだ。」  憎たらしいイカだった。ススムはとりあえず考えるのを辞めて、イカのいう通りに水道でイカを洗ってやりティッシュで水気を拭いてやった。
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