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「一体どういうことなんだ?」
酢イカを机に運んで向き合う形で座った時には、ススムはずいぶんと冷静な気持ちになっていた。なんだか、驚いたり考えたりするのを脳みそが拒否しているみたいだった。
「別に、どうしたこともない。俺は喋れる酢イカなだけだ。」
「普通のイカは喋れないはずだ。それにお前は酢漬けイカだ。加工されてるんだから、ある意味生命としては死んでるはずだ。」
「ああ、そうだな。普通の酢漬けイカは喋れないだろうな。それに俺は死んでるはずだ。だけど、俺は喋られる。ただそれだけだ。人間だって、生まれた時から手が6本あったり、目が4つあったりするだろう?それと同じじゃないのか?俺にだって何で自分が話せるかはわからねえよ。」
イカはさもつまらない質問に答えるようにいった。ススムは頭を抱えた。
「いつから話せたんだ?」
「いつからか。声を意識したのはお前に食われる瞬間だな。だけど意識はこの店に来たときからあった。お前が毎日俺じゃない酢イカを買って食ってるのはわかってた。今日お前に買われた時は身がぞっとしたぜ。死んでるかもしれないけど、俺にとっちゃ活食いだからな。それで、声が出ちまった。」
「お前に口はあるのか?」
ススムはしげしげとイカを観察する。やはり口らしいものは見当たらない。するとイカがまたおどけた声を上げた。
「ないな。でも、こうやって会話できてる。イカをこよなく愛するお前だから聞こえてるのかもな?」
「いや、俺は確かに酢イカは好きだが、別に特別な思い入れはない。」
「おいおい。まじめか。冗談だろうが。」
そういった酢イカにススムはで声を上げて笑った。
イカはまったく動かない。ただ声だけが聞こえてくる。ススムはイカが話してることに疑問を感じられなくなっていった。確かにイカは喋っているのだ。今自身はとても凄い経験をしている。ススムはそんな高揚感に似た思いに包まれていた。
だけど、喋れるイカには理由がある。そんな確信をススムは感じていた。
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