第1章

6/8

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 イカの声は熱を帯びていた。ススムもイカの語る話に夢中になっていた。かすかに体が震える。哀しい結末が予測できて続きを聞くのが怖いくらいだった。しかし最後まで聞きたいともススムは思っていた。  「案の定、両親、兄弟共に網に引っかかっていた。入ったら出られないタイプの罠だったんだ。親父はこのタイプの罠に詳しいはずだった。俺を探すためにわざと危険を冒したのは明らかだった。俺は嗚咽をかみ殺せずにしゃくり声をあげていた。そんな俺に一番最初に気づいたのは妹だった。あ、おにいちゃん。すると家族が俺をみた。俺は怖くて背を向けた。みんなが俺を憎んでいるように思えたんだ。逃げ出そうとした。すると、すぐに母親の声がした。お前、無事だったのね。よかった。よかった。母親はそういって泣いた。妹も兄も泣いている。父親は無言だった。俺は恐る恐る、振り返った。そこには本当に安堵を浮かべた家族の顔があった。父も目を赤くしている。無事でよかった。父はそうつぶやいた。俺は、家族の居る網まで近付いた。そして、謝ろうとした。するとすぐに悲鳴がとどろいた。人間には聞こえない悲鳴だ。凄い力で網が上に持ち上げられていった。すぐに家族を見失って、網は二度と下りては来なかった。俺は一人で広い海に取り残されたんだ。謝ることすらできなかった。捕まるのは俺のほうだったのに。俺は自分の身勝手で、家族を殺してしまったんだ。」  イカの声は涙声に変わっていた。ススムもつられて目が潤む。  「それから、どんなに懺悔しても、俺の中の罪は消えなかった。その後の記憶は曖昧で、気づいたら酢漬けイカになってここに居た。そしてお前みたいな奴に食われそうになってたんだ。このまま死んだんじゃ成仏できないって思った。」  ススムはうまく声が出せなかった。こんなイカにそんな過去があっただなんて。口の悪さも今は愛嬌に思えてくる。  「お前はどうしたいんだ。」  気づくと勝手に俺はそう口にしていた。このイカのしたいようにさせてやりたいそう思ったのだ。そして悔いなく酢イカとして逝かせてやりたい。とススムは心から思っていた。暫しの沈黙が続いた。イカは慎重に言葉を選んでいるようだった。五分が過ぎたろうか、いや、実際は一分にも満たなかったのかもしれない。時間の感覚がわからなくなっていった。そして、口はないけれど重い口を開いたイカは思いがけない言葉を口にした。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加