第1章

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 「俺はみんなに酢イカを好きになってもらいたい。」  酢イカは真剣にそういった。てっきりススムはイカが故郷の海に帰りたいとか、家族を探したいとか、家族を吊り上げた漁師に復讐したいという言葉が出てくると思っていた。なぜ酢イカを好きになって欲しいなどいう願いになるのか、まったく理解できなかった。  「俺はもう死んでる。そして、まだ生きてるイカもこれからも漁師に釣られて毎日死ぬだろう。家族や友達と生き別れ、悲しみにくれても、いつかは必ず死んでしまう。あんたは酢イカを毎日食べてくれた。だけど、他の人間は酢イカを毎日食べたりしない。俺達は毎日加工されて商品になるのに、人間が毎日食べないから、俺達は期限を迎え、捨てられる。本当は知ってるんだ。お前が酢イカを食べる理由を。期限が切れそうだからなんだろう。入れても入れても売れなくて、期限が切れてしまう。なにか、特別な理由があるのかそれはわからないけど、酢イカはなぜか売れないのに、無駄に作られて、この店に届く。だからお前は、期限が切れそうな酢イカを食べてくれていた。捨てたくなくて。そうなんだろう?」  その通りだった。ススムは確かに酢イカが好物であった。ただ、先ほどもいったと通り酢イカに思い入れがあるわけではない。ただ賞味期限が近くなっても売れ残るから、仕方なく食べていた。おつまみの仕入れは一個のロットが少ない割りに一度に発注する量が多い。すると必然的に、満遍なく全てを発注しないと最小発注数にならないのだ。売れない商品ばかり、在庫が増えていくのである。ここは老人しか居ない田舎の街だ。硬くて食べづらい酢イカは不人気の商品だった。  「でも、俺達だって人間の考えることだってわかる。イカが売れないからって、イカを獲らなくなったら、イカの漁師は生活に困るんだろう?俺達だって、ただ食われるのが嫌なわけじゃない。弱肉強食って言葉だって知ってる。でも、ただ家族と死に別れてまで人間に殺され、わざわざ加工されてトラックに乗り知らない街に来て、そしてただ捨てられるためだけに生まれ死にたくはない。わかってくれるだろう?お前が同じ事されたら嫌じゃないか?だから」  酢イカは先ほどとは違う熱を帯びているようだった。強い使命感を胸に抱いた、それは死を恐れない革命家そのものだった。そして酢イカは力強く言い放った。  「俺はイカが主食になる世界を望む!」
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