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ただ、彼は
少し変わっている。
学生の頃から愛用しているという腕時計に視線を落とし、
「もう時間だろ?」
「あ・・・、はい。」
「俺は2件回ってから戻るから。」
すっと席を立ち、伝票を持ってレジへ向かった。
「あ、えっと・・」
ふいに現実に戻った気分。
あわてて鞄を肩にかけ、後を追った。
お釣りをもらうその指は、意外に細くて長い。
薄いガラス細工を扱うかのような、やさし過ぎる指の動き。
「ごちそうさま。」
はっ!河野の声で我に返った。
「ありがとうございました。」
レジのお姉さんは案外彼を気に入っているらしく、いつも必要以上ににこやかだ。
慌てて後ろについて店を出ると、外は嫌なくらい暑かった。
「河野さん、ごちそうさまでした。」
「うん、いいよ。」
こんな、ごく普通な会社の先輩、後輩のやりとり。
「俺こっち。」
「あ、はい。」
会社とは反対方向にくいっと頭を傾けて言った。
何を言おうしたのか、
私が口を動かそうとしたその一瞬早く、
彼の顔が私の耳元に近づいた。
「1時間位で戻るから、待ってて。」
ドキッとして頬か赤くなるのが自分でもよく分かった。
また!
そのまま河野はくるっと背を向けて歩き出した。
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