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日中の暑さが嘘のようだった。夜の気温を見誤った僕はTシャツに薄手のパーカーを羽織り、ハーフパンツにサンダルというラフな格好で自転車を漕いでいた。身体に当たる夜風が突き刺さるように冷たく、小さく身震いを起こす。
「本当に深好は馬鹿ね。暦では春でも、北国の夜ともなれば寒いに決まっているじゃないの」
今回の旅の同行者、美依(ミヨリ)の見下したような、冷めた目が僕を射抜く。その視線せいで先程とは幾分か違う、ゾクゾクするような体の震えが起きる。先に言っておくがこれは僕が変態だからではなく、蛇に睨まれた蛙のような感じだと思ってくれたらいい。
「まぁ、馬鹿は風邪を引かないと昔から相場は決まっているからあまり気に病むんじゃないわ」
とその後、すぐにフォローに見せかけた毒舌が僕を襲い、くっくっと女の子に似つかわしくない笑い声をあげるのだった。
「…僕みたいなやつでもお前を笑わせられることが出来て嬉しい限りだよ」
僕はその言葉にやや皮肉を混ぜて投げ返す。深夜は美依の領分だからか、どうやらとても気分がいいみたいでいつもより饒舌だ。
「その通り。私を笑わせる権利を与えてやっているのよ。ありがたく思ってちょうだい」
愉快とばかりに口許が緩んでいるのが夜道でも見てとれるのは、頼り無い街灯が精一杯に輝いてくれるからである。皮肉は効かなかったようで返された辛辣な言葉に、美依に気付かれないようそっと目尻を拭うのであった。
…泣いてはない、心の汗だ。
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