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幸運なことに、佐藤君はまだ家を出てはいなかった。靴を履いている彼に声をかけようとした瞬間、不意に四谷さんの声が脳裏をよぎった。 ――スキンシップ。 佐藤君、と呼びかけながら僕は彼へと手を伸ばした。 「村上さん? どうしました?」 伸ばした手は、服の裾を掴むに留まった。今の自分にはここが限界らしい。 玄関先の段差をもってしても、佐藤君の身長の方が少し大きい。僕は彼の服から手を離して、Suicaを差し出した。 「あの、これ……」 「うわ、忘れてた。ありがとうございます」 「ううん。えっと、行ってらっしゃい」 「はい。行ってきます」 財布の中にSuicaをしまい、僕に挨拶を返して、佐藤君は家を出た。 彼の姿が完全に見えなくなると、僕は玄関先にふにゃっと座り込んだ。 「……」 全然スキンシップにならなかった。 この調子だと、僕が佐藤君を意識させられるようになるまで、百年くらいかかるかもしれない。 やれやれ、と僕はゆっくり立ち上がり、出勤する準備を始めた。
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