爪先の声

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「お兄さんは?」 「武文だ。名前の通り、すごく強いよ」  剽軽な笑いを見せながら晒した力こぶは、本当にすごかった。 「それじゃ、今日はこの腕がどれだけ力持ちなのかを見せてあげよう」  するとお兄さんは座っている状態が腕の力だけで逆立ちした。そのまま藁に飛び乗ったり、軽快な足運びならぬ腕運びで踊ったりと、とても腕力で動いているとは思えないステップを刻んだ。 「す、すごーい! まるで足があるみたい!」 「あはは。人間も昔は手もついて歩いていたんだよ。そりゃ鍛えればこれくらいできるさ」 「私もできるかな!?」 「う、うーん……まぁ貴子ちゃんは細身だから、腕だけ鍛えれば負荷が少ないしできるかもしれないね」 「じゃあ私に教えて!」  とても、とても純粋な好奇心だった。ただただお兄さんをすごいと思い、ただただ羨ましかった。特に何か特技があるというわけではない私には、そのお兄さんの動きが輝いて見えた。  それからというもの、私はそのサーカス団が来る度に足繁く通った。だいたい二週間に一度の頻度で開かれるため、たっぷり鍛える時間はあった。 「ほら見て! 逆立ちで歩けるようになった!」 「おーすごいね……本当にそこまでできるようになるなんて」 「んふふー、お兄さんのおかげだよ!」  天地が逆さまになった状態でお兄さんを見る。私を見るその目はとても優しくて温かかったが、どこか憂いのようなものを帯びていた。  なんというか、悲しげで、寂しげな。  でも私にはその眼差しすら愛おしくて、胸が締め付けられた。  どうやらお兄さんの見世物小屋は人気がないらしく、私が行った時にお客さんが入っていた事はあまりない。あってもその奇妙な姿に泣いてしまう子どもや、気味悪がる大人ばかりで、稼ぎという意味では不評のようだった。
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