爪先の声

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「み、見て見て……この体勢でお話も……」 「わっ、すごいけど無理しないでいいよ!」  私はお兄さんが話す時、いつも取っている体勢を真似した。上半身は真っ直ぐにして腕を棒にして体を支える。しかし私には足があったため、体をくの字にしていなければならなかった。 「貴子ちゃんには足があるからね。その体勢をやるには、腹筋も使って形を維持しなきゃならない。女の子には特に難しいんじゃないかな」 「じ、じゃあ頑張る!」 「え? 何を?」 「今度からは腹筋も鍛える!」 「……貴子ちゃん……」  力なく呟くお兄さんの目には、さらに寂しさが宿っていた。いや、最早無念にも近い諦観すら見えた。  さらに一月半経った頃には、私は本当にその姿勢を維持できるようになっていた。およそ半年近く通った成果は、見た目にも色濃く出ていて、十五の少女にしては不釣り合いな上半身になっていたのだ。 「……貴子ちゃん。どうしてだい?」 「えっ? 何が?」 「そんなに、何で、頑張ってくれるんだい? 見れば分かると思うけど、僕のコーナーは人気がないんだ。なのに何で……」  私は同じ目線になったお兄さんに尋ねられた。また、力のない寂しそうな目だ。 「だってお兄さんすごいし優しいしかっこいいんだもん! 私はお客さんいないから独り占めできて嬉しいよ!」  この時は自覚していなかったが、私は確実に彼に恋をしていた。彼のやる事なす事全てがかっこよく見えたから。  お兄さんは真っ直ぐに答えた私から目を逸らし、そっぽを向きながら少し微笑んだ。 「はは、すごいとは何回も言われたけど、かっこいいと言われたのは初めてだよ。貴子ちゃん、次はその体勢から逆立ちにもっていく練習をしよっか」 「ホント!? もちろん!」  あまり積極的に私に芸を教えようとしてなかった彼が、枷を外したように初めてその日、私にコツをたくさん伝授した。 しかしその次の開園日、彼の小屋は開かれなかった。
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