失われた因習

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猿。 もっとも身近な猿はニホンザル。 この小さな村を取り囲む山々にも、野生の日本猿が多数生息している。 フリールポライターの萱野は、取材旅行の途中、フラリと入った小さな食堂でその話を小耳に挿んだ。 「ほんに猿の被害がひどいわ。この前は家の中にまで入ってきてせっかく作ったケーキを持っていかれてしもうた」 おばあちゃんが食堂の女将に愚痴っている。 『おばあちゃんがケーキを作るんだ・・・』 大福の方がどうみてもお似合いなので、そっちに違和感。 目の前にはとんかつ定食。 正直言うと腹を満たせればいいかという味。 油が悪いのか? 本当に豚か? などと考えていたところに、キャベツやら、玉ねぎやら持ってきた農家のおばあちゃんがついでの世間話を女将に始めた。 「なんとか捕獲してもらえんもんかね」 「おばあちゃん、今はお猿さんを捕獲できませんよ。山の奥に追い返すだけです」 猿を捕獲、殺す事は禁止されている。 駆除するには自治体の許可が必要なはず。 そんな事を考えながら、とんかつを食べた。 「昔は獲って食べたものじゃのに」 『へ?』 おばあちゃんの言葉に、萱野は口元まで持ってきたとんかつを食べるのをやめた。
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