始まりの章

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僅かに記憶に残るのは、父の胸の温もりだった。 それは幼い僕には、火のように熱く太鼓のようにけたましかった。 そんな中で父の心音を遮るように断続的に聞こえてくる不協和音。 それが何なのか分からないが、僕には何か動物の鳴声に聞こえた。 人の言葉に直すとしたら、ヒの発音に近いもので笑っているようだ。 …ヒヒ…ヒ…ヒヒヒ… 小さな僕を抱えて必死に山を駆ける父を嘲笑うかのように音がする。 僕は父の肩に手を掛けて、追ってくる音を見てやろうと顔を上げる。 遠目でよく分からないが、真っ赤な猿のようなものが追って来ている。 「見んな、馬鹿タレ!!  目ん玉が潰れんぞーーー!!」 短気な父ではあったが、これほど激昂したのを見たのは初めてだった。 「あれ…何なん?  鉄砲でやっつけれんの?」 返事の代わりに返ってきたのは、激しい運動の代償である呼吸音。 その事から幼いながらも、今の父には余裕のないことが分かった。 そして、あの父をここまで怯えさせる存在の恐ろしさをも理解した。
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