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さて、この家出少女をどうしようか。
普段は日本海溝に沈んでいる正義感を発揮したせいで、やっかいな荷物を背負ってしまった。せっかく助け出したのに、この場で放り出してはまた不良の餌食になるだけだろう。そうなれば四万円はとんだ無駄になってしまう。
不思議でもなんでもないかもしれないが、この時の僕は風俗にいくという当初の目的をさっぱり忘れてしまっていた。何よりも優先して目の前の少女をどうにかしなければという意識にとらわれていたのである。
「い、家に帰れって言われても帰らないわよ」
警戒心をあらわにする少女は、僕が一番いいと思っていた解決策を真っ向から否定するものだ。しかし、そんなことはこっちも予想済みである。
更なる難問に頭を悩ませた僕は、とんでもないことを口にした。
「じゃあ、うちに来るかい?」
これじゃあ援助交際のまんまじゃないか。四万円で高校生を買った大学生という見出しで新聞に掲載される自分の姿が、妙に現実感のあるものとして押し寄せてきた。
慌てて否定しようとしたときには、
「行きます!」
もう手遅れだった。
こうも天真爛漫な笑みを浮かべられては、冗談だとはとてもじゃないが言い出せそうになく、僕は観念するほかなさそうだった。
「じゃ、行こうか家出少女」
「い、家出少女!?」
「だってほら、君の名前を知らないし」
「私は小山雪。家出少女なんて名前じゃないから、ちゃんと覚えてよね」
いつのまにか元気になっている少女――雪に、僕は苦笑する。
実のところ、この傍若無人ともいえるのが雪の本性だったのだ。この頃はそんなことが分からないので、元気になってよかったくらいにしか思っていなかったけれど、まったく今思えば懐かしい話だ。
「ねえ、あなたは?」
「……僕?」
「他に誰がいるの?」
「まあ、僕しかいないね。それで、まだ何かあるのかい?」
「あなたの名前、教えてよ」
「僕の名前は――」
こうして僕たちは劇的ともいえる出会いを果たしたのだった。そして、奇妙ともいえる同棲生活はこの時をもって始まりを告げた。
「……ねえ、あなたはどうしてこんなところにいたの?」
少し考えて、
「風俗にいこうと思ってた」
「……」
この時の雪は、死んだ魚のような眼を僕に向けていた。
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