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迷ったり助けたりしているうちに、そこそこ時間が過ぎていた。雪を連れて飛び乗ったのはその日の最終電車で、もう少しだけ遅ければタクシーを使うところだった。
電車の中では雪は饒舌にしゃべり、その声がわずかに震えていたのが印象的だ。怖い目にあったばかりだから、くらいにしか考えていなかったのだが、知らない男の部屋に行くということに緊張していたというのが本当のところだったのだろう。
「へえ、それじゃあ小山さんは今年は受験生なわけだ。勉強大変でしょう」
「大変ってもんじゃないの。先生が何言ってるかわからないし、何のために勉強してるのかもわからない」
「なんだか哲学的だなあ」
世間話の体で僕は様々な情報を手に入れた。彼女が郊外にある女子高の生徒であることや、今年で18才になるということ。あの色街のことはクラスで小耳にはさんだということ。そして、今は夏休みの最中だということ。
これだけいろいろなことが聞けたのに関わらず、彼女は自分の家族について決して話題にしようとはしなかった。その時点である程度の家出の理由は予想がつく。
こうして冷静に雪のことを観察しようとしているうちに、いつの間にか僕が会話を楽しんでいたのに気が付いた。なんてことのない話をしているだけなのに、まるで自分の心が洗われるような心地がするのだ。最寄りの駅につく頃には、すっかり僕らは打ち解けていた。
僕のアパートにたどり着くと、さすがに彼女はためらうようなそぶりを見せていた。これも後から考えればそうだったという程度で、この時にはまったく気が付かなかった。
「ようこそ、僕のお城へ」
「……ぷっ」
「あ、なんで笑うんだよ。いいじゃんお城」
そんなくだらないことをいいながら彼女を部屋に招き入れた。今になってみれば犯罪以外の何事でもないけれど、この時の僕はいたって真面目だったのだ。この家出少女のさしあたっての保護者のような気分だったのだろう。
雪の感想は。意外と狭いということだった。一人暮らしなんだからこれくらいでちょうどいいと答えると、これからは二人暮らしだと返ってきた。口だけは達者である。
その日はシャワーを浴びさせて、前の恋人が置いていった服を貸し出し、それから床に就いた。僕がソファーで雪がベッドだ。しきりにもじもじとしていたので、「バーカ」といってそのままソファーで熟睡してやった。
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