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遺言の存在には驚いたけれど。
昌さんの性格を知っていれば、自分の病状を把握していた彼が準備や後始末もせずに死を迎えたりしない、と簡単に想像できる。
「典子、立河さんの娘さんに会うの?」
匠には頷くだけ。私の手は冷たくてカサカサでベリーの香りは消えている。
娘さんに覗かれたのは、誰にも知られたくなかった私たち二人だけのやり取りや忘れたくない一瞬を残した画像。
私が大切に積み重ねてきた物を、あの子はまた全て奪うつもりなの?
遺言には私の名前が無くて、今日49日法要を終えただけのことをわざわざ連絡してくるだなんて。
「今日。49日法要だったと…」
自分は血を分けた肉親で、昌さんに一番近い存在だということを言いたかったの?
苛立ちは全身を支配して、酷く傷つけられる怖さに落ち着いていられない。
「そっか。まあ、形見分けに高価な代物を踏んだくって来たらいいんじゃない?」
失礼だよと言葉にはしなくとも、ノロノロ立ち上がる私と目を合わせた匠は両肩を上げて首を傾げた。
「典子はいい子すぎるんだよ」
「人はね、死んでから49日目で閻魔様に裁きを受けるんだよ」
私たちはバスターミナルへと歩き始めた。
「昌さん、天国に行ったかなぁ……」
夜空を見上げた私を匠は呆れた顔をして
「立河さんは本当に幸せモンだよ」
と呟いた。
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