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尻込みする私に愛美さんは手帳を押し付けた。
愛美さんから渡された手帳は1月始まりのビジネスタイプのもので、昌さんがずっと愛用しているブランドのもの。
スーツの内ポケットから取り出す姿を何度も見ていた。四角い文字の筆跡は、昌さんの性格を表しているみたいで自然と口元が緩む。
最初の数ヶ月は仕事の予定が書き込んであって、4月の半ばに“再発か?”の書き込みを見つけて、ザワリと嫌な感覚に眉を寄せ手帳を閉じた。
「父は貴女に形あるものを遺すことをしなかった。でも女なら、形あるものが必要な時があることぐらい私にも分かります」
冷静な声は、私に考える隙を与えない。
コレを私に手渡して、昌さんの気持ちを知らせて……その先の狙いは何?
「柳澤さんが必要でなくなったら、その時はどうぞいつでも破棄して下さいね」
愛美さんは腕時計で時間を確認すると、子供を預けているからと帰り支度を始めた。
「父の携帯電話は近日中に解約します。
私がつきっきりで看病できなかったので、柳澤さんからのメールには随分と支えられたみたいですね」
動きを止めた愛美さんが目を細めて、僅かに頬を震わせると切れ長の瞳は潤んでいく。
「柳澤さん…。本当に会えて良かった。
父を愛してくれてありがとうございます」
一歩踏み込んできて、ぎゅっと私の両手を握り締めた。
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