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車道と歩道を区切る生け垣の区間は車で走り去ってしまえば数秒のこと。
往来の多いこの道で、誰もカナメモチの木がこの時期に僅かに新芽を赤くすることを気にしたりしない。
「どこにいったのかなぁ……」
「ん?何か探してます?」
父親くらいの年齢の運転手に不意に口を突いた独り言に返事をされて慌てた。
「すみません、独り言です」
曖昧な記憶と両親任せの引越しのせいで昌さんの手帳は行方不明になっている。冷静になった今、もう一度読み返したら何かが変わる気がしていた。
金田さん、志村さんを降ろしたライトバンは小高い丘の住宅地へと向かう。
「佐藤さん、お待たせしました」
後部座席のスライドドアを開け、ゆっくりと佐藤さんの手を引きながら門扉の施錠を解いた。
佐藤さんは娘さん夫婦と同居している。
今日はインターフォンを鳴らす前に磨りガラスのドアの向こうに人の気配がして、内側から引き戸が動いた。
「あらぁ、匠が来てくれてたのぉ?」
弾む声を聞いて顔を上げた。
「婆ちゃんおかえり。今日は母さんは仕事が忙しいんだって」
婆ちゃん……って。
佐藤さんを挟んで私の正面に立つ人は、小さな背中に手を回して中へ入るように促した。
「祖母が、お世話になっています」
まさかの再会に、すうっと酸素が薄くなり心臓はバクバクと強く脈打つ。
「……いえ、こちらこそ」
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