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仕事を終えてバスを乗り継いで駆けつけた病院は、診察時間が終了していて正面玄関はカーテンが閉じていた。 例年より暖かい日が続いているとはいえ、太陽が沈むと寒さが強くなる。 かじかむ指先をコートのポケットの中に入れて、しんと静まり返った病院の正面玄関から離れて裏口へと歩く。 こんな日だからこそ、思い出してしまうのは喪失感に苛まれた日々のこと。 笑顔の作り方すらわからなくなった私は、誰かに会うことが怖くて外出することができなかった。 空っぽになって、自分が生きている理由だとか価値に固執して、だけど死ぬ勇気は無くて…… 長い長い真っ暗な迷路の中を彷徨う日々だった。 もう、あんな想いはしたくない。 せっかく、前を向いて生きているという自覚を持ちはじめていたのに。 薄暗い裏門に夜間出入り口の文字と共に灯りがついているのが見えて無意識に駆けていく。 ゾワリゾワリと表皮を這う嫌な感覚を振り払うために。ただ一目でいいから、大丈夫だという何かが欲しい。 気持ちは既に病院の中に入っていて、入り口の二重の自動ドアは華麗にくぐっていくイメージができている。 実際は息を切らす自分が走る速度の遅さに苛立ちを感じて、自動ドアを抜けて直ぐ出て来る人にぶつかってしまった。 「痛ぁ、すみませ……」 鈍痛のする肩を摩りながら見上げた先には、無表情よりも冷たい表情をした匠が私を見下ろしていた。
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