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「思い出、ねぇ…」
何か言いたげな匠の指がフロントパネルを操作すると足元から吹き出していた暖かい風が弱まってきた。
「長く生きてくるとね、上手く処理しきれないことが増えてくるの。良いこともそうじゃないことも、記憶はいつの間にか都合よくいい具合に消えてなくなってたり、薄くなってくるのよ」
口に出した言葉は嘘じゃない。
窓の外のクリスマスを意識した街並みの光に目を細めた。
「随分ザックリした結論でまとめたね」
鼻で笑われて呆れた口調に反論する気にはならなかった。
「じゃあ、簡単に消したり薄めたりできたの?あの人を想って過ごした年月が典子自身なんじゃないの?立河さんの存在を薄めて消したら、柳澤典子って人間は成り立たないだろ?」
誤魔化して生きてきたつもりも、諦めて生きてきたつもりもない。
「そういうのは、綺麗事なのよ」
だけど、忘れないと誓った気持ちの強さも愛されていた記憶も、優しく微笑んでくれた笑顔も……永遠ではないから。
何度となく首を左右に振ると、匠は小さく息をついた。
「俺も似たようなモンだよ。
あの人に振り回されてきた時間があるから今の自分がいると思ってる」
滞りがちだった車の列が動き始めているにも気づかず、 前を見据えたその横顔に見入っていた。
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