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匠から顔を逸らして、レジを済ませて席を探す人の行き先を目で追いかけながら、着けてない理由を言い淀む自分に言い訳を探す。
「た、大したことじゃないよ」
湯のみに手を出して一口二口と含む。
「あの時計は…随分前に手放したから。それからはきちんとした時計を持ってないだけ」
ちらっと目線を上げ素早く目を伏せた。誤魔化すことでもないけれど、声は小さく早口で伝えた。
「はぁ?!」
驚いた匠は周りも驚くほどの声を出して、椅子の背もたれから勢いよく飛び跳ねて前屈みになった。
「シッ!!
大きな声出さないでよ。恥ずかしいじゃない」
まだ食べ終えていないのに、店内から注目を集めて私は身体を縮める。
「悪い、ビックリし過ぎた…」
周囲に頭を下げて、匠は氷の入ったグラスの中を一気に飲み干した。
「どうしてそんなこと……」
「あれはペアじゃないのよ、私が内緒で真似て買っただけなの。肌身離さず着けていたから愛着はあったけれど、でも……
解放されたから」
やっぱり、上手く言えない。
向けられる真っ直ぐな瞳には微笑んでから残りを食べ始めた。
「無理に忘れなくていいだろ?」
喋れないくらい口いっぱいに咀嚼する私に眉尻を下げて切なげに首を傾ける。
「典子は、立河さんを忘れちゃダメなんだって…」
また横の椅子の背もたれの上に肘を掛けている匠は辛そうに顔を歪める。
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